The Drama of Magic. PartⅠBarong その7

Beryl De Zoete & Walter Spies 『Dance and Drama in Bali』p.99の1行目からp.100の19行目まで

1973(Reprint) Kuala Lumpur :Oxford University Press, Originally published by Faber and Faber Ltd. 1938)

 

憑依のために必要とするものは、村によって様々である。ある村ではプヌングンたちはバロンの口の中に頭を突っ込んで憑依のいわば開始をしようとするし、別の村では供物を彼らの前に供え、聖水を顔に振りかけて飲ませる。憑依する直前になるとプヌングンたちは世話人たちに見張られる。世話人たちはプヌングンたちを監視し、コントロールするのである。

 

 最も普通の上演手順ならば、バロンの舞踊にはストーリーがない。バロンのソロ舞踊は、あとに続くストーリーが複雑なバロン劇のプレリュードとなる部分である*1。あるいは2~3のコミカルな仮面をつけた踊り手たちがバロンに随伴することもある。このコミカルな仮面は別の登場人物たちと戦うことになるのである。ジャウッ(Djaoek, Jauk)あるいはオマン(Omang)と呼ばれるこの従者たちとバロンの関係も、謎に包まれている。次に紹介する民間伝承が従者たちとバロンの関係を明らかにするだろう。以前、悪魔の棲む島であると述べたヌサ・プニダ島(Noesa Penida, Nusa Penida) (訳註:バリ島の南東に位置する小さな島)に、たいへん凶暴な魔物ジェロ・グデ・ムチャリン(語義は「牙の生えた巨人」、Djero Gede Metjaling, Jero Gede Mecaling, またはラトゥ・グデ・ムチャリンRatu Gede Macaiang)が棲んでいた。彼の大事にしていた家がプラ・ぺエッド(Poera Ped, Pura Ped, Pura Peed)である。かつて彼は手下のオマンたちを引き連れて、バリへ上陸したことがあった。オマンたちはスケールの小さい魔物で、顔色が赤・緑・青・黄色と1体ずつそれぞれ異なる。ジェロ・グデ・ムチャリンはバロンの姿に変身してバリ南部クタ(Koeta, Kuta)の波打ち際に上陸し、そこに滞在した。そして手下のオマンたちは破壊を目的としてバリ内陸部に進んでいった。手に負えないと感じた人々は僧侶に相談し、「ジェロ・グデ・ムチャリンにそっくりのバロンを作ればよい」という教えを受けた。それだけがジェロ・グデたちを追い払えるのである。そこで人々はジェロ・グデそっくりのバロンとオマンを作り、彼らをヌサ・プニダ島へ追い払うことに成功した。それ以降、バロンが疾病と悪霊を追い払うために使われるようになったという。(注1:ジェロ・グデ・ムチャリンを表現しているのがバロン・ランドゥン(Barong Landung)であると考えられている。バロン・ランドゥンは原著のp.113(訳註:大部になるので後に掲載予定)を参照のこと。ヌサ・プニダ島の対岸のサヌールにはたいへん神聖なバロン・ランドゥンのカップルがいて、宗教儀礼の行進でごくたまに担がれている。

 

(↓白い仮面のジャウッ)

 

ジャウッたちの仮面は、グロテスクな人間の顔をしたものから魔物のラクササの顔に似たものまで、さまざまである。強烈な色の肌、出っ張った眼、大きく開いた口、歯磨き粉の宣伝のようなまっすぐで白い歯を見せびらかしている。そのなかでも垢抜けしたジャウッは、優雅な曲線を描きながら頂点へ向かう円錐形で、高さのある金色の冠りものをかぶっている。その片耳側には孔雀の羽が一房ぶら下がっている。さらにジャウッは長い爪のついた手袋をはめている。ジャウッたちはバリス(Baris)*2の衣装と同じように短冊状の布をたくさん身につけ、ぴったりとした白いズボンをはいている*3。冠りものには小さい帆のような白い旗が立っている。*4

 

(↓サンダラン)

 

外見はジャウッに似ているが、小柄できわめて優美な者たちはサンダラン(Sandaran)(訳註テレックTelekと呼ばれることもあります)と呼ばれている。彼らもバロンのテリトリーにこっそりやって来るのである。サンダランたちも一房の孔雀の羽をぶら下げた金色の円錐形の冠りものをかぶっている。時折、孔雀の羽のかわりに多色のタッセルをぶら下げていることもある。冠りものの「つば」には銀色の針のようなフリンジ*5がついていて、小刻みに揺れている。そして金の花が咲いたミニチュアの木をクラウン状に配置している。サンダランたちの仮面は小型で、肌は白色、薄い黄色、あるいはやや灰色がかった色をしている。アーモンド型のつりあがった目は神秘的な微笑をたたえている。

 

一般的にサンダランたちの総数は4名である。まずサンダランたちだけで踊ったのち、4名のジャウッたち*6が加わって踊る。ここから彼らは戦いのような展開を繰り広げる。素早く旋回したり、広々としたカーブを描きながら歩いて、互いに突撃したり散らばったりするのである。さらにそれぞれの陣地へ侵入したり撤退したりする。p.100→その間、サンダランたちの持った扇子は転回し続け、ジャウッたちの爪は絶えず震えている(原著:写真40)。

 

 しかしジャウッたちの総数は定められていない。筆者は以前、20人のジャウッたちが道端に集まっているのを目撃したことがある。そのそばにはバロンへの供物がゴザの上に用意されてあった。別の村ではジャウッは3人だけであった。バロンが登場する前に、彼らは村の主要道路から入った脇道をぶらぶら歩いていたのである。さておき、ジャウッたちは一連の素晴らしいソロを踊る。舞台空間を退場して他者へ場を譲る前に、ジャウッたちは互いに背を向け合ってガムラン奏者たちへ貼りついた笑顔で視線を投げかける。

 

 南部バリのタマン・インタラン(Taman Intaran)には神秘的な解釈があり、筆者を楽しませてくれる。ここでは「インドラ(Indra)神の庭に咲く花を食べる蝶がサンダランたちであり、バロンが所有するインドラ神の庭の庭師がジャウッたちである」という(注1よく似たテーマと振り付けに関しては、原著p.62のバリス・ククプ(Baris Kekoepoe, baris Kekupu)を参照のこと。そしてバロンは厳格なジャウッたちへサンダランたちに優しく接するよう戒め、両者の仲をとりもとうとする。ジャウッたちとサンダランたちが混在する四角形のフォーメーションが2つ出来上がると、和解を表現する。ランダが登場するまで、両者はひらひら飛ぶように踊っている。別の村は、この複雑で美しいプレリュードに異なる解釈をあてはめている。タマン・インタラン村の場合ジャウッは抽象的な庭師であったが、ここでは「王と2名の従者である」という。明らかにドラマが演じられているのであるが、スカ・バロンの長でさえ何の話が演じられているのかわからない。ずいぶん昔によその村から伝わって演じ続けているうちに、今ではストーリーを忘れてしまったのだろう。

*1: バロンが冒頭でソロを踊る場合もあれば、普通の上演手順でも冒頭ではバロンにソロを踊らせないという村もありました

*2:男性舞踊の1種、1ジャンル

*3:ぴったりとしていないこともあります。最近はあまりぴったりしていないです

*4:ジャウッのお面はたいてい赤か白が多かったです。また白い旗ではなく赤い旗をつけている村もありました。孔雀の羽などの装飾に関しても、村や演者によってバリエーションがあるのではないかと思います

*5:銀色の「フリンジ」は目撃したことがありません。どこかの村にはあった、或いは、あるのでしょう

*6:ジャウッのグループにプナンプラットPenampratやプナンプレットPenampretと呼ばれる仮面とキャラクターが含まれている場合もあります。その場合、上掲のジャウッの写真とは異なる仮面を使う村もあります