The Drama of Magic. PartⅠBarong その5

Beryl De Zoete & Walter Spies 『Dance and Drama in Bali』p.96の14行目からp.97の22行目まで 

1973(Reprint) Kuala Lumpur : Oxford University Press, Originally published by Faber and Faber Ltd. 1938

 

仮面には、白色やまだらのあるヤギのふさふさした毛を器用に長く編んだものが付けられていて、このウィッグは多量にモジャモジャと地面に着くくらい垂れている。 ランダの背中はこのウィッグでほとんど隠れてしまう。そして細いソーセージのような赤・白・黒の内臓が、垂れ下がった乳房のあいだにぶら下がっている。胸が平らで、数本の毛と乳首をあらわすボタンのついたポケットをぶら下げたランダもときおり見かける。スカーレット色あるいは黒色の長い舌には、四角い形をした金色やスカーレット色の皮革の装飾が施されている。この舌は大きく裂けた口から垂れている。

 

(↓ランダの頭部。以下3点の画像はスカワティSukawatiのプアヤ村Br.Puaya在住の彫革師イ・マデ・レダI Made Redha氏の工房で撮影)

 

(↓ランダの仮面と舌)

 

彼女が口と頭から燃えたたせている炎は、ランダが放つ破壊の火を象徴している。脚と腕は、粗い毛で縁取った黒と赤の縞模様の織物で覆われている。そして透かし彫りが施された皮革製のエプロンを身につけているが、それはフリーメーソン会員のエプロンにかなり似ている。エプロンの帯の背中にあたる部分にはガルーダ(garuda)の頭が装飾されている。さらに帯には、外へ向かって広がるように、また舌のようにカーブしている皮革の細長い断片が加えられ、それは両腿を覆うように吊り下げられている。彼女は古めかしいベッドジャケット(訳註:ベッドジャケットはナイトガウンやパジャマの上に羽織る短い女性用上着を羽織っているかのごとく、目の粗い、白黒チェックのコートを着ている。そして指の背には動物の毛を、指先には半透明のたいへん長い爪を貼り付けた手袋をはめている。これと同じような手袋は、ジャウッ(Jauk)の踊り手も使っている。ランダは立てかけられた2本の傘のあいだから舞台へ姿をあらわす。その時、人々の眼にまず映るものがランダの震える長い爪である。この爪は呪力に満ちた記号と図が描かれた神聖な白い布で覆われている。ランダはこの布をふり回して、敵を鎮圧するのである。呪力に満ちた布と爪は、寡婦の恐ろしい特性を隠せない時でさえランダと切り離すことができない。同様に欠かすことのできないものがウンブル・ウンブル(Oemboel-oemboel, Umbul-umbul)という名の、細長くカーブした背の高い旗である。ランダの進行方向に向かって、ウンブル・ウンブルが旗先を地面すれすれで交差させることは、ランダが空を飛んでいることを意味する。ランダはしわがれ声で勝ち誇ったように笑い、ふさふさとした髪で地面を掃除するかのように上体を前後へふんぞり反しながら、喜びをふてぶてしいまでに表現している。

 

 頭上には緑のフリンジがついた白い傘をかざされて、図が描かれた灰色の布をかぶりながらランダは前進する。その後、踊りはじめるのである。長い爪と黒い毛を生やした獣のような手で旗をつかんだり、布の覆いを外して、花飾りをつけた灰色の髪を乱暴に乱したり、ふさふさとした髪をなびかせながら地面をよろよろと歩く。p.97→その後、ゆっくりと踊り跳ねるように歩きながら、最初に登場した元の位置へ引きさがる。その場所でランダは舞台空間へ背を向け、ふたたび旗の下で不動の立ち姿をとって瞑想に入るのである。ランダが地面を疾走したり、移り気かつ半狂乱の状態で長いソロを踊ると、体にぶら下げた内臓と乳房が揺れる。逃げるバロンを追いかけたり、まるでバロンの胴飾りに付けられた鏡を磨くかのようにバロン全体を両手でつかもうとする。バロンが進行方向を変えようとすれば、ランダは先回りしてバロンの顔をじっと見つめる。このとき、ランダはバロンの頭部近くに立っているので、バロンはあたかもランダを乗せようとする馬などの乗り物であるかのように見える。それでいてバロンもランダに擦り寄ったり、噛み付いたりするため、一瞬、2体の怪物が合体して1体に見えることがある。

 

 ある村には5体のランダがいる。呪術的到達度はそれぞれ異なるが、声と容貌のゾッとする恐ろしさに差異はない。5体の怪物は、雨が降らないことを願って焚かれるかがり火の煙がたちこめるなかで前方へよろめいたり、激しい身振りをしたり、喉を鳴らしたり、熱弁を奮ったりする。また食い意地の張った指で空気を掻きむしって、彼女たちの巨大な祖先の霊を揺り動かす。5体のランダたちは輪になって魔女の円舞を踊る。それは四肢を複雑に上下あるいは前後に使う動きと、洗練さに欠けるジェスチャーから成る踊りである。この寺の寺院で演じられるバロン劇には、いっぷう変わったエピソードがある。おぼろげな物影が、たいまつやお香の煙、そしてホコリのなかで身もだえし、うめくのである。親分クラスのランダは階段で大の字になってのびている。そしてランダの仮面が取り外されるときでさえ、踊り手の男性は深いトランス状態に入っており、仮面を外されることを激しく抗う。子分クラスの4体のランダの舌は籠の外へはみ出し、舌先は籠を頭上に載せて運搬している人の頭にかかっている。女性たちは供物を持ってあちこちへそっと行き来する。大気にはお香の香りと煙が満ちており、人々の神経は張り詰めている。バロンが歯をカタカタ鳴らせるのを遮るものは無い。そしてトランス状態の男性たちが突然叫び出す声が響いている。しばらくしてから平穏な空気が流れはじめ、口数の少なくなった人々が敷物の上を渡る。夢心地を与えてくれるかのように、ガムランが冷静に演奏される。ワリンギン(Waringin)の樹に、月のまわりの光輪が重なっている。(原著:写真35、写真36)(つづく)