The Drama of Magic. PartⅠBarong その2

Beryl De Zoete & Walter Spies『Dance and Drama in Bali』p.90の13行目からp.91の32行目まで

1973(Reprint) Kuala Lumpur : Oxford University Press, Originally published by Faber and Faber Ltd. 1938

 

 バロン劇は、宗教や社会と切り離して記述することができないバリの舞踊劇の代表例である。バロンという神秘的な動物が、寺院の中や路上で踊っているのを観ることは、もちろん可能である。バロンは金箔を施した皮革の装飾をまとい、歯のある仮面をつけている。その身の表面を立派に覆っているものがいくつもの当惑するような演出を隠していることや、人を楽しませるこの怪物がバリの哲学のシンボルであることを知らなくても、バロンの機敏で魅力的なステップに関心が注がれるだろう。バロンは、バリの舞踊劇でもっともよく知られていると同時にもっとも曖昧であり、著しく具体的であるのに著しく抽象的であり、典型的なバリらしさを含むいっぽうであまねく普遍性をもつ。その名前にしても猛々しい動物の類、もっと適切に言えば、おそらく野獣を意味しているらしいというぐらいしかわからない。著者たちはバロンに関して証明できる源泉やシンボリズムと意味をバリ人よりも少しは知っているが、それは後回しにして、バロンを観たことがない人たちのためにバロンそのものについての記述を進める。

 

 バロンは長くたわむ胴をもつ神秘的な怪獣である。 

(上の写真2枚はデンパサール市P村のバロン・ケケッ)

 

胴体は竹と糸で骨組みされており、仮面の動物にあわせて、それにふさわしいさまざまな材料で胴体が覆われる。

 

(スカワティSukawatiのプアヤ村Br.Puaya在住の彫革師イ・マデ・レダI Made Redha氏が 仲間たちと共に製作したバロンの胴体内部を撮影)

 

 現在、バロンの仮面として虎のマチャン(matjan, macan)、野豚のバンカル(bangkal)、象のガジャ(gadjah, gajah)、ライオンのシンガ(singa)、牛のレンブ(lemboe,lembu,原著写真32参照)(注:著者たちは牛の仮面のバロンを一体だけ知っているが、動いているのは1度も見たことがない。その牛のバロンは、Tafelhoekの珊瑚でできたブアル(Boealoe, Bualu)村のものである。この章の終わりに、著者たちが見たことのないバロンの仮面の名前を挙げる(訳注:Tafelhoekはヌサ・ドゥアNusa Duaを指す)、ケケッ(keket, ketet, kekek, ekek←原著ママ)がある。ケケッは実在の動物ではなく森の王者バナスパティ・ラジャ(banaspati radja, banaspati raja)であると、すべてのバリ人は判断する。

 

 もしバロンの仮面が野豚ならば、骨組みの上に黒一色の布地で覆われたものが胴体となる。ときどき白い荒毛が散らされたように布に縫い付けられていることもある。バロンの仮面が 虎の場合ならばスカーレット色の布が使われる。その場合、布には縞模様があること、そして葉のようなかたちの菱形ガラスが貼られ、慣例に従ってバラの花が描かれているのが虎のバロンの様式である。虎のバロンは長くて大きな尻尾をまっすぐに立てている。そして象のバロンの場合、胴体はふつう青みがかっており大きな斑点がある。

 

 とりわけ神聖なバロン・ケケッの胴体は、寺院の屋根を葺くためにも使われるドゥック(doek 砂糖椰子の繊維)、あるいは長くて雪のように白い毛が毛羽立ったブラッソッ椰子(braksok)の繊維を湿らせて漂白したものや、白さぎや鳩の羽で葺いている。またカラスの黒い羽で葺いた胴体もあれば、滅多に見かけないが孔雀の羽で葺いた胴体もある。その孔雀の羽で葺いたバロンはたいへん神聖で強烈な呪力をもつ。というのも孔雀はシワ(Siva)神の居住地や天界を象徴する動物だからである。大多数のバロンは人々が大切にしている呪力を持つ布を、どこかに身につけている。そのような布の代表例がトゥンガナン(Tenganan)村のグリンシン(Gringsing, Gerinsing)という布である。グリンシンは特定の良い日を選んで織られた布である。そのような類の布はさらに神聖な彫像の飾りつけに使われるとともに、歯を削る儀式や火葬儀礼など、すべての通過儀礼でも重要な役割を果たす。(原著写真33参照)

 

 バロン・ケケッの胴には金の馬飾りが華やかに取り付けられている。その馬飾りは透かし彫りを施した皮革製で、その上にはラウンド状に小さく細工された鏡も装飾として加えられている。鏡はなだらかな曲線や渦巻きの形状に配置され、輝いている。 バロン・ケケッの尻尾は高いアーチ型を描いている。それも胴体の飾りと同様に透かし彫りで細工され、金箔が施されている。尻尾の先にはサッシュのような布や孔雀の羽、小さな長方形の鏡と並んで、踊れば音が出るように鈴が取り付けられている。

 

(↓スカワティSukawatiのプアヤ村Br.Puaya在住の彫革師イ・マデ・レダI Made Redha氏が 仲間たちと共に製作したバロン・ケケッの尻尾。緑色の布のそばに孔雀の羽が見える)

 

バロン・ケケッの頭部は巨大な建造物である。透かし彫りの皮革のほか、悪魔の頭(訳注:原著ではdemon heads、ここでは神格を象徴する装飾のことを指していると思われる)、揺れるように動く金の花、ラウンド状に小さく加工された鏡で装飾され、光り輝いている。

(↓スカワティSukawatiのプアヤ村Br.Puaya在住の彫革師イ・マデ・レダI Made Redha氏が 仲間たちと共に製作したバロン・ケケッの頭の後部)

 

そして頭部全体はバロック風のカーブを見事に描いており、あたかも教会の小尖塔か、塔や頂がそびえたつミニチュアの町のような風情である。バロンの飾り物のなかでも中心となるのが、素晴らしい頭部の飾りである。(原著写真34参照)

(↓スカワティSukawatiのプアヤ村Br.Puaya在住の彫革師イ・マデ・レダI Made Redha氏が 仲間たちと共に製作したバロン・ケケッの頭部の装飾)

 

 バロン・ケケッの頭部の飾りは、バリ人の性向を示す良い例である。すなわち壮麗さを誇張したいがために、そのままでも美しいものに余計な手を加えようとするバリ人の性向である。特に愛する動物の頭部に、そのような華麗で眩い建造物を加えたのである。仮面は頭部の飾りにくらべて小さい。真紅色で艶が出るように磨かれてある。眼は突き出て、出っ歯のうえに牙が生えているが、踊っている時に上下を噛み合わせて音を出す。

(↓スカワティSukawatiのプアヤ村Br.Puaya在住の彫革師イ・マデ・レダI Made Redha氏とバロン・ケケッの仮面)

 

前足の踊り手が、仮面をしっかり持って制する。仮面には小さくて敏感な耳がある。その耳の後ろには翼を広げたような形の、透かし彫りが細工された皮革製の装飾がある。

(↓バロン・ケケッの耳と周辺の装飾)

 

大きな金色の肩章は肩にぴったりとくっつき、バロンが頭を下げるとそれはまるで巨大な象の耳のように垂れる。顎には黒いあごひげを生やしているが、その材料は人間の髪の毛であり、フランジパニの花があごひげの数本に括りつけられてある。そして、あごひげにバロンの神秘的な魔力の精髄が存在する。伝染病の猛威から村を守るためにバロンを眠りから起こしたとき、僧侶は椰子の殻に水を入れてバロンの前に差し出す。バロンはその水の上で歯をカタカタと鳴らし、あごひげの先を水に浸す。そのようにして出来上がった聖水が治癒力を持つのである。女性や子どもたちはお守りとして聖なるあごひげを1本、手首に巻きつけていたり、あるいはせがむことが時々ある。バロン劇の最後の場面でクリス(訳注:)を手にした踊り手たちをトランスから覚めさせるのが、バロンのあごひげである。また、ある村ではバロンのあごひげに頭を近づけることがクリス・ダンサーたちの最初になすべきことでもある。(つづく)