The Drama of Magic. PartⅠBarong その10

Beryl De Zoete & Walter Spies 『Dance and Drama in Bali』p.102の22行目からp104の3行目まで

 1973(Reprint) Kuala Lumpur : Oxford University Press, Originally published by Faber and Faber Ltd. 1938

 

2~3のバリに伝わる民話を除き、バロン劇でいちばんポピュラーなストーリーがチャロナラン(Tjalonarang, Calonarang)物語、もしくは名前は異なるが、チャロナラン物語を改訂したものである。そしてチャロナラン物語は話に一貫性がある。(注:バロンはランダとの関係を通じてチャロナラン物語群に巻き込まれている。チャロナラン劇が上演されるとは見受けられないような時ですら、エルランガ王/ Elrangga*1 に対するランダの辻褄の合わない台詞のなかに、それとわかる仄めかしで暗示されているのは確実である。エルランガ王の大臣であるバロンはいつも、チャロナラン劇の或る瞬間にたいせつな役割を演じる。チャロナラン物語については原著のp.116を参照。ときどき、ラルンを魔女の娘ラトゥナ・ムンガリが兼ねることがある。バロンはまぎれもなく、エルランガ王の大臣である。泣いているラルンへランダが「どうして泣いているのかい?クディリ王国に十二分に被害を与えるまでに活躍したのに、どうしてエルランガ王のパティ(Patih, 大臣)から逃げ出したのかい?」とわめく。ラルンは不安を白状した。それを聞いたランダは「お前は私の娘ラトゥナ・ムンガリとここにいるがいい。私が1人で大臣に会って殺してやる」と言い、呪力を働かせてエルランガ王の宮廷から大臣(バロン)を連れてきた。バロンは埋葬地でランダに出くわしたのである。しかもランダの白い布のせいで、バロンは彼女を見誤ったのであった。彼が噛んだ相手は普通の呪力を持つ者ではないと知った時、バロンはたいへんな恐怖感に襲われて話す能力を失ってしまった。ランダはエルランガ王の軍隊が彼女に戦いを挑むよう、バロンを王のもとへ帰そうと試みる。彼女はすべてを破壊するつもりなのである。自分の無力さを嘆きながら、悲しみに打ちひしがれたバロンが立ち去るのは、このときである。そしてブタ・カラたちがバロンを守るため、急に飛び跳ねだす。

 

 バロンとランダの戦いは、だいたいが上記のような話の展開を模範としている。もっとも振り付けはたいへんヴァラエティに富んでいるが。p.103→また上演の場を道を舞台とするのか、それとも寺院の庭のようなオープン・スペースを舞台とするのかで、当然違いが生じる。寺院の庭を選んだならば、踊り手たちは寺院の前の道から、あるいは2つの内庭を切り結ぶ坂の下から登場する。

 

 上記のバロン劇の場合、エンディングの舞台となる場所は道の真ん中である。通行しようとする二輪馬車が来たならば、演技中でもシーンにかかわらず、演者たちは道を譲って、道端へ避ける。しかし終わりに近づいてきてトランスが進行すると、往来は一時通行止めとなる。そしてバロンが家路につくときの長い行列だけが、道を往来することができる。

 

 バロンの胴体は、まず黒髪で葺き、その地毛の上を孔雀の羽でまるごと葺いたものである*2。頭部は野生的かつ乱暴な王者のようであり、威厳に満ちた黒いあごひげを生やしている。そして金箔をかぶせたアーチ状の尻尾には黒い毛と赤い房が生えている。耳のそばから伸びた黒い毛に、孔雀の羽が加えられることもある。バロンは踊り手のように頭を左右に素早く動かし、歯をカタカタ鳴らしながら、わななくようにガムランを攻め立てる。彼はしゃがんだり、飛び跳ねたり、元気に立ち上がったり、クルベットをするのである。彼の外見は古風であるにもかかわらず、ステップは軽く、すばしこい。あげくに彼は地面に腹をつける。そして孔雀の羽で葺いた胴体を渦を描くように丸めて、頭を振る。宝石がちりばめられた彼の鎧は輝いている。背を向けて瞑想をおこなっているランダに近づこうとして、彼は1歩ずつ注意深く動き始める。そしてランダを包囲した。ふりかえるようにして、尻尾のあいだからランダを見つめている。たいへんな緊張感に溢れるクライマックスの場であるが、頭を隠して尻尾を隠していないバロンの姿は滑稽である。無常にも、バロンは気味の悪い叫び声で追い払われた。バロンは旗棹のそばで、ぺしゃんこになって倒れている。前脚は前方へまっすぐに伸び、顔がぶるぶる震えている。前脚の踊り手はすでにトランスに入っている、そうしているうちに、’クリス・ダンサー’の数名もトランスに入った。そのなかの黒人のような顔つきをした背の高い男性は前方へ突進し、ランダの前で小刻みに震えながら立った。そして、彼は後ずさりをした。一方ランダは落ち着きのない様子で白い布をつかんだまま、時間の進行を止めるかのように足踏みをしている。トランスに入った6人の男性が前に出てきて、ランダを追いかける。しかしそのうちの1名は大の字になって倒れ、死体のようになって地面を引きずられていった。しばらくして全員が地面に倒れたが、動くことなくじっとしたままである。かれらは後方へ運ばれ、1列に並べられた。その光景はまるで病院か戦場のようである。それからの進行はたいへん整然としている。世話人たちが負傷者たち*3の世話をするために、静かにあちこちへ移動する。いっぽうバロンは負傷者たちのあいだを、気を遣って歩いている。彼は順番に負傷者たちめいめいへ鼻をこすりつけている。僧侶が聖水と花を携えてやって来た。花が聖水とともに振り撒かれる。そのため、負傷者たちの顔には花びらがまだらになって貼りついている。そして、聖水によって浄められた負傷者たちはいくぶんか元気を取り戻し、体を起し始める。今バロンは、明らかにトランスに入っている。バロンは折り畳まれた自分の傘の下に立っているが、荒い呼吸をしている。そして彼の前に男性たちが群がって、震えている。その間ずっと、ガムランは小さな音量の完全5度や、短3度と柔らかく擦れあう完全5度の和音で場を慰めている。さて、起き上がった男性たちにクリスが渡された。彼らは顔を激しく歪めながら、クリスを自分の胸に突き立てる。ある者は自分の身をバロンのあごひげへ向かって投げ出し、さらに必死になってあごひげをつかもうとする。そしてプマンクがトランスに入った。トランスに突然入ったために、プマンクは両手にクリスを持ち、バロンの前で踊っている。しかしクリスを取り上げられる際、彼はまったく抵抗しなかった。バロンのあごひげの中へ興奮して飛び込み、バロンの前脚の踊り手が発する呻き声に刺激されたのか再びトランスに入る者もいるが、この興奮騒ぎは始まったときと同じようにすぐに終わる。p.104→ランダの仮面はプラ・ダレムへエスコートされる。バロンを彼が住む遠くの寺院へ送り届けるために、小規模な群集とガムランが夕陽の沈む方向へ向かって、さっさと出発する。

 

*1:エルランガ王はアイルランガ/ Airlangga王とも呼ばれる。929年頃から1222年まで東部ジャワで栄えたクディリ/Kediri王朝の王。座位期は1019年から1042年。1049年に死去。父はバリのウダヤナ/Udayana王、母はクディリ朝の王女で1001年頃に生まれた。

*2:特にどこの村のバロンとは書いてありませんでした

*3: 筆者は戦場や病院という喩えを使ったので、それに対応する言葉として「負傷者」という表現を使ったのでしょう。